モチベーションという言葉はスポーツ界が定着させた。単に「やる気」といった意味にも使われるが、本来の訳は「動機付け」である。
女子テニスの全米オープンで2度目の優勝を飾った大坂なおみは、人種差別に目を向けてもらうため犠牲者の名を記した7枚のマスクを用意し、決勝まで7試合を勝ち抜いた。途中で敗退すれば、全てを披露することはできなかった。
自ら課した動機付けを成就させた快挙である。見事というほかはない。スポンサーを失う恐怖もあったという。プレッシャーも大きかったろう。これを勇気と成長が克服させた。もちろん背景には、力と技術の裏付けがあった。
想起したのは2011年、東日本大震災の年に被災地の映像に涙しながらワールドカップで優勝した女子サッカー日本代表のなでしこジャパンである。誰かのために戦う選手は強い。
大坂はツイッターに「祖先に感謝したい。彼らから受け継いだ血が体中を巡り、負けるわけにはいかないと思い起こさせてくれたので」とつづった。それはハイチ出身の黒人の父、日本人の母、北方領土出身の祖父の血だ。
自らのルーツに関わる怒りだけに周囲の共感を呼んだ。
差別への反対は普遍的な人権行動でもある。政治的、宗教的な主張・宣伝を禁じてきた大会主催者も、今大会では特例として大坂の行動を認めた。
アスリートは競技のみに集中して余計なことをいうな、といった批判は誤りである。選手にも、堂々と意見を述べる自由や権利がある。ただし、大きな発信力があるだけに特定の勢力に利用される愚は避けたい。
選手をそうしたトラブルから守る仕組みも必要である。来夏開催の東京五輪・パラリンピックにとっても大きな課題となる。
全米オープンの快挙は大坂だけではない。車いすの部では男子シングルスで国枝慎吾が5年ぶり7度目の優勝を果たした。36歳のベテランだが、今季は全豪オープンに続く連勝だ。四大大会でダブルスと合わせた45個目のタイトルは史上最多である。
女子ダブルス決勝でも上地結衣とジョーダン・ホワイリー組が優勝した。上地にとっては2年ぶり3度目の制覇だった。この好調を来夏につなげてほしい。
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2020年9月16日付産経新聞【主張】を転載しています